— メッセージ —
T26-I-4
もし何らかの犠牲が誰かに求められるなら、必ず神についての記憶が否定される。(奇跡講座 T26-I-4:6)
もし何らかの犠牲が誰かに求められるなら、必ず神についての記憶が否定される。(奇跡講座 T26-I-4:6)
聖霊の神殿は肉体ではなく、関わり合いである。(奇跡講座 T21-VI-5:1)
誰もが自分が受け取る通りに与えるのだが、自分が受け取るものを何にするかは自分で選択しなければならない。(奇跡講座 T19-IV-i20:5)
聖なる瞬間には、あなたは、自分と兄弟の両方の上に天国の微笑みが輝いているのを見る。そして、あなたは自分に与えられた恩寵を喜んで確認する中で、兄弟を照らすだろう。(奇跡講座 T19-III-10:1~2)
罪悪の魅力は罪の中に見出されるのであり、誤りの中に見出されるのではない。(奇跡講座 T19-III-1:1)
神聖な関係とは、この世界の生活の中に聖なる瞬間が表現されたものである。(奇跡講座 T17-V-1:1)
共に旅する聖なる仲間たちを知覚するとき、あなたは、旅は存在せず目覚めのみがあると悟る。(奇跡講座 T13-I-7:1)
攻撃への誘惑が生じて、あなたの心を闇と殺意で満たそうとするとき、自分が戦闘を高みから見ることが可能だと、思い出しなさい。